2018年01月31日

ハッピーバースデー


もう来週には立春となるにもかかわらず、寒い日が続きます。
みなさま元気にお過ごしください。
インフルエンザが猛威をふるっているようで、
弊社でも全社員が予防接種を受けているのに、
年末から私を含め数人がインフルエンザにかかってしまいました。
みなさまもお気をつけください。

さて、本日1月31日は弊社、環境設計株式会社にとって特別な日でありまして、
設立50周年を迎えることとなりました。
会社というものは数多くの方との関わりの上で成立しているもので、
これだけ長く続いたということは、非常に多くの方にお世話になったものと思います。
お客様はもちろんのこと、学識経験者の方々、弁護士、会計士、司法書士といった先生方、
株主様、銀行の方、協力会社の方、辞められた方も含めて社員とそのご家族。

改めまして、環境設計株式会社を支えていただいた方、
現在も支えていただいている方に御礼申し上げます。

弊社は、創業当時の都市公園の造園設計を中心とする営業範囲から、
空間的には郊外、農村、自然的エリアに広がり、
業務内容としては、緑地計画、造園施工管理、公園管理、自然環境調査などなど、
多岐にわたるようになってはおりますが、
広く捉えれば創業当時から今に至るまでずっと、
技術系のサービス業を続けています。

今後もそれは変わらず、技術を高めることで社会によりよいサービスを届けられれば、
同時に、会社が今後も継続、あるいはさらに発展して、
お世話になった方々に還元できれば、と考えています。
社員一同、次の50年、100年目を目指してがんばっていきます。

今後ともよろしくお願いします。

堅苦しい文体はここまで。
ブログですので。
といったわけで、本日が設立記念日です。
社をあげて今日はパーティー。
朝からクラッカーが鳴り響き、昼にはお花も届いて、
夜には宴会が催されます・・・・。
なんてことはありません。
だれもそんなことを話題にもしておりません。
目下繁忙期。お祝いは年度が明けてから、となるでしょう。

とはいえ、設立記念日ということで、50年前の今日、何をどうしたのか、
ということを少し調べてみました。
何せ、50年前のことで、私は生まれてもいませんし、
その当時のことをよく知る者も現社員にはおりません。
さらには、創業者の方々で存じ上げている方は残念ながらご存命ではありません。

会社の創業というと、組織として成立した日とか営業を開始した日、
ということらしいのですが、これは今となってはよくわかりません。
これに対して、株式会社の設立というのは、株式を発行し、
商業登記を申請した日、だそうです。

なので、当時の株主総会の議事録だとか、登記にあたっての申請書類だとか、
残っている書類を探しました。
これらによりますと、書面上、昭和43年1月27日から商業登記に向けて各種準備、
手続きを行っておりまして、1月29日には定款を定め、30日に株主が集まって、
創業に向けての総会が開催され、同日登記を申請しました。
登記が受理された日、完了した日、というのが示された書類は、
ちょっと見あたらなくなってます。
ただ、これまで、設立日は1月31日とずっと通してきており、
31日に登記が完了したんでしょうか。

あれ?
登記を申請した日が設立日であれば、1月30日が設立日ではないの?
ということは、記念日は昨日ということになるのかな。
まあ、1日、2日のずれといった細かいことはどうでもいいでしょう。
どうせ経緯はよくわからんし。
これも50年の歴史のなせる業でしょう。

会社の場所も設立当時からずっと現在の行政区画では、大阪市中央区に位置しておりますが、
創業した場所は南船場の安堂寺橋というところのようです。
この場所は現在の社屋から数分のところで、
そこからいったん、難波の方に移転し、さらには長堀橋駅に近い南船場に戻ってきて、
十数年前から現在の堺筋本町駅近くの久太郎町に社屋を構えています。
久太郎町も南船場界隈に含まれます。
難波に行ったとき以外は船場の町中を転々としている、という感じです。

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現在の社屋はこんな感じ。

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船場はもともと繊維業を中心とした卸問屋の街だったそうですが、
社屋の周りは急速にマンション街と置き換わりつつあります。

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昨年から今年にかけて社屋の対面には高層マンションが建築され、
日陰になってしまう時間帯が長くなったのですが、
西日があんまり当たらず、夏は少し涼しくなりそうです。
目の前の通りもちょっときれいになりました。
どうせなら電柱を地中化してくれればいいのに。

このように、会社の周辺は様変わりしつつあります。
環境設計の社屋もずっとこのまま、ということはないでしょう。
少なくとも、次の50年、ずっとこのビルでは持ちません。
社屋もそうですが、業務内容にせよ、組織にせよ、
社会の変化や世の中のニーズに合わせていろいろ変えていかねばならんでしょうね。
そうでなくてはとても100年間は続けられない、かと思います。
まあ、50年後というと会社にはもちろん、この世界にも私はおらんと思うので、
そんな先のことはともかく、数年先、長くても10年先を見据えて、
いやいや、とりあえず年度が明けるまでは目の前の仕事のことだけ考えて、
日々いそしもうかと思います。

(代)

posted by Kankyosekkei Co., Ltd. at 17:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする